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地方貴族イェルクとしてのマルティン・ルター

1517年10月の「95箇条の提題」が宗教改革の発端となった、マルティン・ルターはアウグスティヌス会修道士でヴィッテンベルク大学教授だった。1521年4月にヴォルムスでの帝国国会に喚問され、異端の罪に問われ、国外追放の判決を受けた。ヴィッテンベルクに送還される途中、ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公の密使に捕らえられ、ヴァルトブルク城に幽閉(保護)され、1521年5月から22年3月まで、「地方貴族イェルク」という偽名で潜んでいた。ルターは黒い修道服を脱いで、騎士の服を着、頭髪と髭を伸ばし、長い剣を帯びて変装していた。
その間、新約聖書のドイツ語訳を完成し、ヨハン堅忍公の息子に君主鑑として「マリアの讃歌」を書いている。
ルターは1521年12月の数日、変装してヴィッテンベルクに滞在している。1522年3月には、過激派にる聖像破壊運動を抑えるためにヴィッテンベルクに戻っている。そのどちらかで制作されたと考えられている。

世界美術大全集14 北方ルネサンス
1520年代

クラーナハ
地方貴族イェルクとしてのマルティン・ルター
1521/22年頃 板 テンペラ 51.5×33.5cm
ドイツ ワイマール美術館